新映画原理主義・第五回 「カメラを持ってた男~ルドルフ・マテ」

 

第1章 ヨーロッパ撮影監督時代

 

  ルドルフ・マテは1898年、オーストリア=ハンガリー帝国(現ポーランド)のクラカウに生まれた。ハンガリーの名門ブタペスト大学で美術を専攻した。19年、卒業後に後に英国へ渡りロンドン・フイルムを設立したアレクサンダー・コルダ主催のコルヴィン撮影所に入社し撮影技師として修業を開始し、ほどなく撮影監督となり、13年に短篇ながら第一作を撮影する。その後、ウィーンのサシャ撮影所へ移り、エリッヒ・ポーマー主催のベルリンのデクラ=ビオスコープ社で第二班撮影監督となる。24年、カール・テオドル・ドライヤー監督の『ミカエル』の撮影監督カール・フロイントが諸事情で現場を離れることとなりマテが後を引き継いだ。これでドライヤーに認められたマテは、ドライヤーがフランスで監督した『裁かるるジャンヌ』(28年)で撮影監督に起用される。異端審問裁判シーンにおける仰角を多用した大胆なクローズアップの連続は、ドライヤーとマルのコラボの賜物と言えよう。公開時は不評だったが、後年評価は上がり、やがて映画史上の古典の地位を確立した。ドライヤーとは32年の『吸血鬼』でも優れた仕事を残した。フランスでは『最後の億萬長者』(34年)でルネ・クレール監督、『リリオム』(34年)ではフリッツ・ラング監督という両巨匠ともコンビを組んだ。

 

第2章 ハリウッド撮影監督時代

 

 35年には渡米しハリウッド入りし、第一作はスペンサー・トレイシー主演の『ダンテの地獄篇』(35年・ハリー・ラクマン)であった。ウィリアム・ワイラー監督、ウオルター・ヒューストン主演の『孔雀夫人』(36年)、キング・ヴィダー監督、バーバラ・スタンウィック主演の有名な母もの『ステラ・ダラス』(37年)、レオ・マッケリー監督、アイリーン・ダンシャルル・ボワイエ主演のメロドラマの古典『邂逅(めぐりあい)』(39年)、アルフレッド・ヒッチコック監督、ジョエル・マクリー主演の傑作スリラー『海外特派員』(40年)、旧知のアレクサンダー・コルダ監督、ローレンス・オリヴィエヴィヴィアン・リー主演の『美女ありき』(41年)、エルンスト・ルビッチ監督、キャロル・ロンバート主演の傑作コメディ『生きるべきか死ぬべきか』(42年)、サム・ウッド監督、ゲイリー・クーパー主演のルー・ゲーリッグの伝記映画『打撃王』(42年)、ゾルタン・コルダ監督、ハンフリー・ボガート主演の戦争映画の佳作『サハラ戦車隊』(43年)、チャールズ・ヴィダー監督、リタ・ヘイワースジーン・ケリー主演のテクニカラー・ミュージカル『カバー・ガール』(44年)、リタ・ヘイワースが長い手袋を脱ぎながらセクシーに歌うシーンが有名なチャールズ・ヴィダー監督『ギルダ』(46年)、アレクサンダー・ホール主演、リタ・ヘイワース主演のテクニカラーのファンタジー『地上に降りた天使』(47年)など質・量ともにハリウッドで最も忙しい撮影監督となった。アカデミー賞には『海外特派員』『打撃王』『サハラ戦車隊』などで都合5回もノミネートされたが、残念ながら受賞には至らなかった。

 

第3章 監督として専念

 

 47年、ジンジャー・ロジャース主演のコメディ『It had to be you』で念願の監督デビューするが、ドン・ハーマンと共同監督扱いで撮影監督も兼ねており大いに不満が残った。撮影監督も兼ねずに晴れて単独監督したのが、ウィリアム・ホールデン主演のフイルムノワール『暗い過去』(48年)であった。刑務所を脱獄した殺人犯ウィリアム・ホールデン一味が、精神科医リー・J・コップの別荘を占拠する。コップはホールデンが少年時代のトラウマに悩んでいることを知り精神分析をする。ジョン・ヒューストンの『キー・ラーゴ』(48年)とロマン・ポランスキーの『袋小路』(65年)をザッピングしたような内容だが、初の単独監督ということもあったのか今一コクのない出来栄えとなった。因みに本作は、同じコロンビア映画でチェスター・モリス、ラルフ・ベラミー、アン・ドヴォラック主演の『ブラインド・アレイ(袋小路)』(39年・チャールズ・ヴィダー)のリメイクである。

 最初に監督としての手腕を認められたのは50年の第三作『都会の牙』であった。原題の“D・O・A”とは“Dead On Arrival”の略で”到着時死亡”と言う意味。ラストに刑事が報告書に押すスタンプが”D・O・A”である。何者かによって毒物を飲まされた主人公・エドモンド・オブライエンが刻々と迫りくる死の恐怖と闘いながら街中を走り回り、遂に毒を飲ませた犯人を突き止めて復讐を果たすが、自らも毒によって息絶える。ロケ効果を最大限に生かした撮影と的確な演出、そしてオブライエンの熱演により優れたスリラー作品となった。因みに『Colar Me Dead』(69年・エディ・デイヴィス)と『D・O・A』(88年・ロッキー・モートンアナベル・ヤンケル)と2度リメイクされている。次の『No Sad Songs for Me』(50年)はガンを宣告された人妻・マーガレット・サラヴァンの苦悩を描き演出の確かさを示した。『武装市街』(50年)はシカゴのユニオン駅を舞台にした令嬢(アレン・ロバーツ)の誘拐犯と市警察の応援を受けた鉄道警察警部補(ウィリアム・ホールデン)らの攻防がスリリングに描かれた。『都会の牙』で効果をあげたロケ撮影を縦横に駆使し前作に劣らぬ優れた出来栄えとなった。実際はシカゴの駅ではなくロスの駅を深夜から朝まで借り切って撮影が行われた。警察の犯人に対する暴力を肯定的に描いており、誘拐犯のボス(ライル・ベトガー)の冷酷非情さを際立たせることによって観客を納得させる狙いがあったと思われる。一方では、新星ザイラが地球をかすめさらに親星ベラスが地球と衝突することが判明し、選ばれた人々のみがロケットで脱出を図るという『妖星ゴラス』(62年・本多猪四郎)を先取りしたようなSF映画『地球最後の日』(51年)も手堅く監督している。

 

第4章 スターたちとの仕事

 

  ロック・ハドソンと並ぶユニヴァーサルの若手スター、トニー・カーティスの売り出しにも、『盗賊王子』(51年)、『命を賭けて』(53年)、『フォルオスの黒楯』(54年)、『顔役時代』(55年)と大いに貢献した。トニーとデビューしたてのパイパー・ローリーとコンビを組ませた第一作『盗賊王子』はスマッシュヒットしたが、ほどなくトニーがジャネット・リーと結ばれたのでローリーとのコンビを解消した。『フォルオスの黒楯』はジャネット・リーとの夫婦共演も話題となった。ブレイク前のチャールトン・ヘストンとは『遥かなる地平線』(55年)、『三人のあらくれ者』(57年)で組み彼のキャラクターを良く生かしている。コロンビア映画のスター、グレン・フォードとは、撮影監督を勤めた『ギルダ』(46年・チャールズ・ヴィダー)よりの馴染みで、『グリーン・グローヴ』(52年)は大戦中に教会より盗まれた宝石をちりばめた”グリーン・グローヴ”を巡る追跡劇。A・ヒッチコック『三十九夜』(35年)で知られるチャールズ・ベネットの脚本だが図式的な内容で、南フランスやモナコでのロケもさほど生かされなかった。『欲望の谷』(54年)は、元北軍将校のフォードがカウボーイに戻るが強欲な牧場主・エドワード・G・ロビンソンと対立し、これに夫ロビンソンを殺害しようとしている妻・バーバラ・スタンウィックが絡む中々ヘヴィな内容ながら、枝葉を切り捨てて手際よく処理しているのがマテらしいところ。タイロン・パワーが長年在籍した20世紀フォックスを退社しフリーとなった第一作『ミシシッピの賭博師』(53)は、ミシシッピに浮かぶ蒸気船のギャンブラーを主人公にしたユニヴァーサルの準大作。パワーのフリー第一作ということで、ユニバーサルはパイパー・ローリー、ジュリー・アダムスという二大若手スターを共演させる忖度ぶりを見せた。

 

第5章 ヨーロッパ監督時代

 

 60年以降はヨーロッパで監督することが多くなり、AIP製作でイタリアロケによる『カルタゴの大逆襲』(60年)は、いかついジャック・パランスが王子役なのは苦笑するしかなかった。『300(スリーハンドレッド)』(06年・ザック・スナイダー)でも描かれたベルシャとスパルタの戦いを描いた『スパルタ総攻撃』(61年)は、CGのない時代の人海戦術による戦闘場面は迫力がある。『海賊魂』(62年)は当時最強と言われたスペイン艦隊を相手に大胆不敵な海賊行為で、英国の国民的英雄と謳われたフランシス・ドレイク(ロッド・テイラー)の活躍を描いた海洋活劇。『Aliki My Love』(63年)は、ギリシャの国民的人気女優アリキ・ヴォウギオクラキをフューチャーした青春もの。結局、これが遺作となってしまった。翌64年、心筋梗塞によって66歳で死去。

 『裁かるるジャンヌ』を始め、撮影監督時代の作品歴が凄すぎて、監督転向後の作品があまり評価されないのは、ジャック・カーデイフやフレディ・フランシスと同様である。だが、1本1本考察して行けば、ルドルフ・マテの優れた演出力を必ず見通すことが出来るであろう。。

 

(主な撮影監督作品)

 

ミカエル(カール・テオドル・ドライヤー)(24年)、裁かるるジャンヌ(K・T・ドライヤー)(28年)、吸血鬼(K・T・ドライヤー)(32年)、最後の億萬長者(ルネ・クレール)、リリオム(フリッツ・ラング)(以上34年)、ダンテの地獄篇(ハリー・ラクマン)(35年)、孔雀夫人(ウィリアム・ワイラー)、大自然の凱歌(W・ワイラー、ハワード・ホークス)(以上36年)、ステラ・ダラス(キング・ヴィダー)(37年)、封鎖線(ウィリアム・ディータレ)、マルコ・ポーロの冒険(アーチ・L・メイヨ)、貿易風(ティ・ガーネット)(以上38年)、邂逅(めぐりあい)(レオ・マッケリー)、暁の討伐隊(ヘンリー・ハサウェイ)(以上39年)、ママのご帰還(ガーソン・ケニン)、海外特派員(アルフレッド・ヒッチコック)、妖花(ティ・ガーネット)(以上40年)、美女ありき(アレクサンダー・コルダ)、焔の女(L・クレール)(以上41年)、生きるべきか死ぬべきかエルンスト・ルビッチ)、打撃王(サム・ウッド)(以上42年)、サハラ戦車隊(ゾルタン・コルダ)(43年)、カバーガール(チャールズ・ヴィダー)(44年)、ギルダ(C・ヴィダー)(46年)、地上に降りた女神(アレクサンダー・ホール)、上海から来た女(オーソン・ウェルズ*ノンクレジット)(以上47年)

 

(全監督作品)

 

It had to be you(ドン・ハーマン共同*兼撮影)(47年)、暗い過去(48年*単独監督デビュー作)、都会の牙、No Sad Songs for Me、武装市街、烙印(以上50年)、盗賊王子、地球最後の日(以上51年)、The Green Glove、Faula、Sally and Saint Anne(以上52年)ミシシッピーの賭博師、第二の機会、命を賭けて(以上53年)、レッド・リバー、フォルウオスの黒楯、欲望の谷(以上54年)、遥かなる地平線、顔役時代(以上55年)、雨の夜の慕情、Pat Alrique(以上56年)、三人のあらくれ者(57年)、The Deep Six(58年)、初恋(59年)、カルタゴの大逆襲(60年)、スパルタ総攻撃、海賊魂、La Loute(短篇)(以上62年)、Aliki My Love(63年*遺作)